貯蔵庫

日記、ぶつける当てのないもやもやを置いておく場所

親知らず-完結編-

 

mikkaa.hatenablog.com

 

先日、年単位でうだうだと文句を垂れて、なにもしていなかった親知らずをついに抜いた。3本、泊りで。静脈から鎮静剤だか麻酔だかを入れて、ぼんやりしているのをいいことにズボズボ抜いていく、ということらしい。私はもう本当に嫌で嫌で、医師の圧に押され承諾してしまったことを何度も後悔して、妻に泣きついて、泣きながらご飯を食べるなどして日々を過ごしていた。

当日、医師の説明の通り、手首から入ってきた麻酔によって私の意識はにじみ、恐怖心もどこかへ行ってしまった。歯茎にグッサリ刺さる麻酔の注射針は痛かったが、あとは馬鹿みたいに口を開けてぬぼーっとしているうちに終わった。抜いた歯の根っこの形がどうも入り組んでいたようで、ピンセットでつまんだ血まみれの私の一部だったものをホレと見せられたが、ろくな返事ができなかった。

看護師がわたしが腰かけた車いすを後ろから押して、病棟まで運んでくれる。この時間が一番楽しかった。看護師も就業時間が迫っていたらしく、いやに早い病院内ドライビングだった。私としては両手を離しても勝手に乗り物が猛スピードで動くのだ、やっちゃえニッサンってなもんである。矢沢永吉ばりの口角の上げ方で病室へIN。

点滴と身にまとった入院着、運ばれてくるおかゆ。薄暗い病室。部屋の前をいそがしそうな足音が行ったり来たりしている。意識がぼんやりはするものの、入院患者なんだなと思う。気が滅入る。何をするでもなく、退院の時間を待つ時間。時計を見ると18時。これから15時間程、ここに居なければならない。時間が長すぎる。

我々人間に与えられた退屈で苦痛な時間をスキップする手段と言えば、睡眠である。意識を一時的に失うことで体力の回復まで図れる、素晴らしい機能。睡眠。おかゆをハムハムし終えた私は時間をぶっ飛ばすために横になった。

21時、消灯の見回りに来た看護師に起こされた。まだ21時なのか、おかしくなっちまう。私はあきらめて持参した怖い小説を読んで過ごした。あまり病院で読むものではなったかもしれない。

患部がしくしく痛む。申し訳なさではあはあしながらナースコールを押す。看護師が快く対応してくれた。点滴で痛みはすっかり消え失せた。医療は偉大だ。

左手の点滴の違和感と、変な時間に中途半端に寝てしまった反動でずっと目が冴えている。どうにもこうにも苦しい時間が続く。
寝返りをごろごろ打ち、寝よう寝ようと思えば思うほど頭は冴えきっていく。口の中に血の味が広がっている。医療用ベッドの背もたれをウインウイン高くしてみる。なんとなく小汚い感じがする掛布団のカバーのオレンジ色の柄を見つめる。家に帰りたい。クソデカ深呼吸をしてみたり、でたらめな文字列を考えてみたり、数字を数えてみたり、頭上から宇宙へ意識を向けてみたり、えっちなことを考えてみたり、怖い小説を読んでみたり。何をしてみても時計の針が進むのは遅く、陽は登ってこない。

朝5時半、意識が戻る。すべてに疲れ果て、いつの間にか眠っていたようだ。
長い夜を終え、運ばれてきた朝食を食べる。口を動かすと歯茎が痛む。おかゆをもう、ほぼ飲む。200ミリリットルの紙パックの牛乳、とてもうまい。最近値上げに次ぐ値上げで本物の牛乳を飲んでいなかった。乳のコク~~!!と思う。主菜の白和えがうまい。シイタケのダシ、風味、ユタカ。柔らかく、ありがたい料理達。ドタバタと退院が近づいているのを感じる。

レントゲンを撮影後、診察を受けて退院許可を貰う。点滴の針を抜いてもらい、名前が書いてあるリストバンドを切ってもらう。はだけてクチャクチャになった入院着を脱ぐ。とてつもない解放感。私は自由で、自由は私。

もろもろひっくるめて約5万程の会計を済ませ、外に出る。日が眩しく私の退院を祝ってくれているような気がした。

こうして私の初めての入院生活は幕を閉じた。現在も顔はパンパンに腫れているし、食事の度に腫れた歯茎が痛み、虚空を見つめてしまう。

今まで当たり前のように食べていた丸亀製麺の弾力がこんなにも牙をむいてくるとは。私は健康な口内環境に感謝をし、定期的な歯科への通院を固く決意したのであった。

みんなも欠かさず歯を磨き、フロスも行い、親知らずを抜き、定期検診に行こう。