貯蔵庫

日記、ぶつける当てのないもやもやを置いておく場所

煙草

目が覚める。新年の朝であろうが、やらねばならぬことまで正月ダイヤになるわけではない。洗濯機を回す。雑煮を作るため、珍しく昆布から出汁を取ろうと、水に浸す。いいかつおだしのパックをぶち込み、鶏と椎茸も入れる。これでもかというほどウマミを重ねてやった。おいしくできた。前日食べ残した刺身と雑煮で明るいうちから日本酒を呑む。どこに行っても店は開いていないし、実家に帰る気もない。分かってはいたことだが、暇である。スイカゲームのアプリが配信されたらしいので、触る。なんなんだろう、この中毒性は。スマホから顔をあげると夕方になっている。本当に無駄で無為な時間を過ごしたという実感だけが手元にある。今年も時間つぶしみたいなことをしながら日々が過ぎて、後悔の念に押しつぶされる年になる気がしてならない。波乱の幕開けである。

突如として家全体が揺れた。長く揺れたな、と思いながらテレビをつけてNHKに合わせる。緊急事態を伝える切迫したアナウンサーの声。鼓動が早くなる。十数年前のことを思いだしながらただひたすらTV画面を見つめ情報を拾う時間が続いた。半月ほど前に旅行で訪れたばかりの場所だ、景色がフラッシュバックする。

あまりにも突然に日常が崩れていく様をテレビが流す視聴者からの投稿動画で目の当たりにする。そこに移るほとんどの人がただ狼狽えることしかできていない。私も自分の家でこの規模の震災に見舞われた時、動けるのだろうか。テレビから今すぐその場から離れろと言われたとき、躊躇わずに脚は進むだろうか。

この日、妻は自室から出てくることは無かった。23時過ぎに飲み物を取りに居間に行くと、雑煮を食べたであろう食器と空っぽの鍋が流しに置いてあった。わたしは鍋とその皿を洗う。私は妻にとってどういう存在なのだろう。こういうモヤっとした気持ちを持った時、話し合いの場を設けるのが正しい夫婦のあり方なのだろうか。私はチャッカマンをもって、ダウンジャケットを着こみコンビニへ行った。吸ったこともない煙草を1箱買って、河川敷のベンチに腰掛ける。対岸に走る電車とマンションの明かりを見ながら、1本、見よう見まねでふかしてみる。冬空に煙がなびいて消えていく。妻のこと、地震のこと、自分の生き方のこと、めぐらせる。自分の中に思いはあれど、どうしたいという気持ちよりも面倒だ、が勝ってしまう。そのうち口の中から嫌いな上司と同じにおいがしてきて、気分が悪くなった。帰る途中、真っ暗な公園から鈴の音がした気がして、怖くなって小走りで帰った。何度もうがいをした。たばこは引き出しの中に入れた。