貯蔵庫

日記、ぶつける当てのないもやもやを置いておく場所

ひとり宮城旅行 前編

妻にくっついて行ったコミティアの見本誌コーナーで、偶然掴んだ漫画のページをめくってから、私は旅に行きたくなってしまった。今になって思えばあの本は買っておくべきだったなと思う。失恋した高校生がひとりで青春18きっぷで旅をして、海を見て帰る話。その景色がずっと刺さっている。

旅行という言葉と、纏う自由な空気への憧れがあるばかりで、私はほとんどそれを経験せずに大人になってしまった。入籍も済ませてしまい、1年半も過ぎた。私はこのまま子供ができ時間が無くなり、足腰は衰え、世界はおろか県外のことすらろくに見聞を広げず小ぢんまりと消えていくのだろうか。炭酸で割ったキンミヤを流し込みながら妻とそんな話をしていたら、旅行の許可が出た。面倒な夫で本当にすまない。

日本列島がすっぽり梅雨に包まれた頃、私は単身一泊二日で仙台に行くことにした。

 

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座席の椅子を倒したい旨、伝えあぐねて2時間半、私の身体は仙台駅にあった。駅の建屋がえらく大きく、ポケモンセンタージャンプショップの看板が見える。イマイチ地方に来た実感がわかない。宿泊予定のホテルに荷物を預け私は松島に向かった。

特段見たいものはないが、宮城旅行で日本三景をスルーはできないであろう。それと、松島の牡蠣を食べてみたかった。私はセーラー服の女子高生がたくさん乗っている、4両編成の電車に飛び乗り松島駅へ向かった。見慣れない学校の制服にはグッときてしまうものだ。

彼女らは私の知らない土地で、私の知らない制服を着て、知らない電車に乗って、知らない学校へ行き、私と縁もゆかりもない青春を送っているのだ。「私が普段見えてる世界の外」の方が圧倒的に広いのだが、私は私として生きているとそのことを見失ってしまいがちだなあ。などと、ぼんやりと思う。危うくキモさがでそうなのでがっちりドア横をキープしてずっと外を見ていた。安心してほしい。害はないよ。

 

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私は今日この湾の海鮮を飲むように取り入れてやるのだ、そう意気込みグーグルマップに「おさかな市場」と入力し、私は歩き出した。

 

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ずらっと並んだ観光バスと、泥酔しているであろう声量ではしゃぐ成人男性グループを背景に、私はカキ小屋のメニューとにらめっこをした。今思えばここで食事を摂るのが正解だったと分かるのだが、観光地の観光地ナイズされたポップでカラフルなフォントが並んだ看板を見ると私は眉間にしわが寄ってしまう。地元住民に愛されている定食屋のカキフライを求めてわたしは松島の海岸通りを歩くことにした。

あたりを見ても、地図を見ても、ナイズされていない程よい温度の飲食店が全く見つからず、私は松島海岸という駅まで歩ききってしまった。こちらの駅の方が新しく観光地の駅っぽい作りになっていることに気付く。たぶん、降りる駅間違えてたな。

お腹が空きすぎて倒れそうになってきたので、デカい観光施設のレストランに入る。私がここまで避けてきたナイズの極致みたいな場所だ。店が無いのだ、仕方がないだろう。私のほかに40代くらいのボリュームのツマミが壊れたマダム6人組が食事を楽しんでいる。構うものか、わたしは中ジョッキとカキフライ定食、焼牡蠣ふたつを注文し、席に座った。

 

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出てきた焼き牡蠣はなぜか3つ。すかさず、サービスです、と店員さんから低い声で告げられる。私はそれに対し「アッ、アッアッ、アッスース」と丁寧に返答した。あまり旅先で既婚成人男性をきゅんきゅんさせないでほしい。どうするんだ。

焼いた牡蠣に醤油とレモン汁を垂らして口に運ぶ。笑ってしまうくらいうまい。ほどよく半生で、味が濃い。強烈なうまみとほのかな苦み、磯の香り、つるつるとろとろの舌触り。日常にない複雑な味がする。これが…ひとつぶんの命…。私には産地の違いなど全く分からないが、こんなにおいしいものがお金を払うだけで食べられるはずがない。なにか、なにか身体によくない感じが、プリン体的なものが、"業"が蓄積していく感じがする。ただ、少しくらい寿命を削ってもたまに食べたいくらいうまみの強い食べ物であるな。牡蠣。カキフライも美味であったが、全部焼き牡蠣とビールにすればよかった。

別の若い店員がマダムに執拗に絡まれている声が聞こえてくる。マダム達も観光でこの地に来たようだ。松島の楽しみ方を大ボリュームで店員に聞いていた。お仕事お疲れ様である。彼女らの活躍により、私のもとには松島観光では遊覧船に乗るのが定石だという情報が流れてきた。牡蠣のお吸い物を腹に収めた私は乗船券を買いに席を立った。

 

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満腹でアルコールも入っているのでひどく眠い。船特有の不規則で穏やかな揺れと淡々と島の解説をする船内放送が私を寝かしつけてくる。やめろ、私はこの目で松尾芭蕉伊達政宗公が愛した島々を見にきているんだ。わざわざ遥々来て、お金を払ってこの船に乗っているのだ。右手をご覧くださいと言われて目をつぶる馬鹿がいるか。

 

昼寝を済ませた私は、夢の中でおぼろげに聞こえてきた、橋を渡って実際に上陸できるという島のひとつへ向かった。
長いのでここらで切っておきます。