AM9:00、目覚まし時計の無機質な音で目が覚める。動きたくない。昨晩のカレーを温め直して食べる。妻の様子を見に行くと、ストーブを付けたまま下半身が布団からはみ出して寝ていた。難儀なヤツである。私は気持ちに余裕がない、今日は採用面接である。そっと妻の部屋のドアを閉じ、歯を磨き顔を洗い、新しいT字カミソリを下し、髭をそった。
少し時間にゆとりがあったのでコーヒーを淹れ、飲んで過ごした。寝ぼけてぐにゃぐにゃの妻に帰りグラコロを買ってくることを約束し、ワンサイズ間違えて肩が上がらない黒のスーツと、紳士服屋で買った着慣れないコートを羽織り、家を出る。もう私のこのくたびれた顔を見て就活生だと思う人はいないのだろうな。気付けば30歳が目前に迫ってきている。お金と体力と時間とのバランス、自分の人生の一番楽しい時期、今なのかなと、よく考える。我ながらないものねだりだとは思うのだが、しみったれている。就職先が決まり、仕事を辞められたら、旅行に行こう。行きたいところはないけれど。
面接会場の最寄駅のエスカレーターで職場の人とすれ違った。休みの日に普段着ていないパリッとした格好で見られるのは危険だと思ったのでこれでもかというくらい目をそらした。気付かれてないといいな。
エントランスに飲食店があるタイプの会社である。オシャレな椅子に座って時間をつぶしていたらAirpodsのフニフニが壊れていることに気付く。不吉だぜ。フニフニは新たに購入すると大概、S/M/Lが各1セットずつ、計6フニついてくるだろ。今欲しいのはMサイズの左耳、1フニだけなのに。納得がいかない。SとL差し出すのでMを使ってない人が居たら交換してほしいと思う。
この日の面接官は若い女性でとても話しやすく、和やかな雰囲気で終えることができた。ただ１０分間のペーパーテストが壊滅的な出来だった。誇張抜きで２点とかだと思う。どうか人柄だけを見てくれ。
落ちた気しかしないので、適当な商業ビルに入り居酒屋でからあげ定食とビールを入れた。アルコールメニューが置いていなかったので、値段も見ずにビール注文したら変な顔をされた。すまん大将、こちとら面接落ちとんねん。ちいとばかし、飲ましてくれへんかの。
最寄駅に帰りマックを買いバスに乗る。公共交通機関でのマック運搬、本当に申し訳ない。一番入口に近いつり革に掴まって、肩を丸めて下を向いてバスに揺られた。こういう時に私はドでかい胆力がほしいと思う。
家に帰ると妻は生理で具合が悪いそうで、ぐったりしていた。傷ついたわたしをねぎらってほしかったし、グラコロをふたりで楽しく食べたかったが、一人にしてほしそうだったので、ほっぺをつまんで頭の匂いを嗅いだあと、妻の部屋を出て自室でグラコロをかじった。わたしはハンバーガーの方が好きだな。妻の部屋のドアを開けて、リピートなしとだけ伝えに行った。また来年、この出来事も味も忘れて食うんだろうけど。
