貯蔵庫

日記、ぶつける当てのないもやもやを置いておく場所

劇場版 サクレ コーラ味

ねえ、知ってる?
サクレのコーラ味。


私は恥ずかしながら、昨年の夏の終わりに知った。溶けるように暑い夏の夜、妻とたまたま訪れた、セブンイレブンのアイスコーナーで我々は出逢った。出逢ってしまった。

さっそく家に帰り、風呂を済ませる。濡れた髪のまま木製の匙が入った紙の袋を破く。眩しいくらいに真っ赤で派手なその蓋をゆっくりと開ける。私はわなわなと震え、思わず大声を上げながら後ろにひっくり返った。茶色いコーラのかき氷に覆われて、微かに輪切りのレモンが透けて見えている。私はひどく動揺し、激しく頭を振りながら走って妻に報告に行った。

ハリボー ハッピーコーラ、ペプシツイスト、森永ラムネ コーラ味。コカコーラレモンは個人的には奮わなかったが。コーラとレモンの商品をとにかく愛する私。その私にこんなに恐ろしい光景を見せつけてくるとは。

今更言うまでもないが、サクレと言えば輪切りのレモンだ。レモン味のかき氷の上に凍った輪切りのレモンが鎮座している。あのレモンの強烈なまでの酸味とほのかな苦みが、甘めのかき氷と合うのだ。どこのコンビニやスーパーでも大体見かける黄色いカップのかき氷である。見慣れすぎてもはや景色となっているくらい。日本に生まれてよかった。

一人で食べるのが怖くなり、妻に見ていてもらう。凍ったレモンに垂直に匙を挿しこみ、崩すように氷と一緒に口に運ぶ。その日二度目の絶叫である。小さいラムネが入っている。駄菓子屋で売っている、コーラの缶を模した小さいラムネ。どこまで私を殴れば気が済むのだ。一人で食べなくてよかった。正気を保てないだろこんなもの。狂ったように残りをかきこみ、溶けた汁まで飲み干す。あまりに名残惜しいのでカップを洗って干して、電子レンジの上に置いた。いつでも目にいれていたかった。

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即インターネットで検索をかける。なんでもここ数年夏季、セブンイレブンにのみ並ぶ、期間限定のフレーバーらしい。夏が終わる、急がなくては。

数日後、私は店にある在庫をすべて買い占めるつもりで大金を握りしめ、同じセブンイレブンへ。そこで衝撃的な光景を目にする。

サクレレモン味の横、赤く煌々と輝くそれが目に入らない。それがあるべき場所に所狭しと並んでいたのは新顔、サイダー味のサクレ。視界がぐにゃりと歪むのを感じる。全身の毛穴からぶわっと汗が噴き出す。まさか。私の脳内によくない想像がぐるぐると駆け巡る。気づくとマスクの下の唇を強く噛み、拳を血が出る寸前まで強く握っていた。はっと我に返り、私はすぐさま店を飛び出した。行かなくちゃ。

息を切らし、思いつく限りのセブンイレブンをはしごして回る。どこにも彼女の姿はない。夏の終わりのやわらかな熱気を孕んだコンクリートの上、両手を膝につき、切れた息を整える。虫の音が聞こえる。こんな状況にもかかわらず、どこか冷静な自分がいる。ああ、そうか、夏は終わったんだ。ひどく、喉が渇いている。視界が白くかすんでいき、そのまま上空に舞い上がるような感覚。遙か頭上を飛ぶ鳩にピントが合い、優しいギターの音色が聞こえ始める。

 

いつでも捜しているよ どっかに君の姿を
向いのホーム 路地裏の窓
こんなとこにいるはずもないのに
願いがもしも叶うなら 今すぐ君のもとへ
できないことは もうなにもない
すべてかけて抱きしめてみせるよ

One more time one more chance / 山崎まさよし

 

こうして、私のひと夏の甘く、爽やかな恋は幕を閉じたのである。


それから私は、毎日レンジの上の、彼女の抜け殻を眺めて過ごした。
彼女のことを忘れたくて、目に入るサクレに片っ端から手を出した。
サイダー、梨、もも、レモン、オレンジ、パイン。

 

誰と一緒に居ても彼女のことが脳裏から離れない。
本当は分かりきっていた。
ごめん、あの娘じゃないと…やっぱ俺……俺…

 


――――そしてまた、今年も夏が来る。

 

今週のお題「夏物出し」