思い貯蔵庫(仮名)

日記、ぶつける当てのないもやもやを置いておく場所

日曜日よりのぐるぐる

邦ロックが好きでそれをよく聞いている。新しいものに飛びついてると思われるのがいやなので90年代から00年代のバンドを中心に聞きあさることが多い。全く情けない。だーれも気にしてないんだから好きなもんききゃあいいのにね。洋楽を聞こうと思ったこともあるし、いくつか好きなバンドもある。けど、やはり言語の壁は厚い。あまり数を聞いていないというのももちろんあるが、俺の国境を越えて突き刺さってきたバンドは3つ4つだ。歌詞の意味が理解できないとなんだか落ち着かない。もちろん邦楽にも理解できない歌詞は腐るほどあるが、「何を言ってるのかわからない」ということが分かる分だけかなり違う。うまく言えんな。意味を理解できていないのが怖いというか。

 

例えば僕はゲロ甘ラブソングの類は共感できなさ過ぎて、怒りすら覚えるので上手に聞けない。とにかく腹が立つのだ。自分と世界と女と男に。洋楽は聞きながら直感的に歌詞の中身が理解できないのでゲロ甘ラブソングなのか労働者を称える通勤ソングなのか、区別がつかない。自分がどんな意味の言葉を耳から入れているのか、ということが分からないのが怖いのだ。書きはじめに書きたかった内容と徐々にずれていって、明後日の方向を向いていることに気付いた。何も考えないで気の向くままにキーボードをたたいているとこういうことが起こるのでダメですね。

 

よく「あのアーティストは丸くなった」みたいな話をよく聞く。若いころは自意識と偏見と世間と大人たちへの不満をストレートに綴った歌詞が評価されていたりする。実際僕はそれに感激して馬鹿みたいにうなずきながら聞いたりするわけだ。その多少なりとも自分と似たような感性を持った人が年を重ねると共に愛やら家族やら友人やらの存在を大切にするようになるってことは、俺もそうなれるのかなあって思ったりした。今日はそんなことを考えてました。

 

「当たって砕けろ」のような言葉、なにこれ諺じゃないしな、標語?

とにかく、もう世に浸透している言葉ってそこにたどり着くまでのプロセスを全部省いて言葉だけがボンと伝わってくるってことが多い。だから「うるせえよ、お前に俺の何がわかるんだバカ」となる。浸透しているってことは多くの人がぐるぐるぐるぐる考えた挙句たどり着いた場所なんだろう。結局自分で考えていってたどり着いて初めて、その言葉が理解できるんだろうなあ。と思いました。今の俺には当たって砕けろの精神が必要になっている。とはいえなんだ、砕けるのは怖い。助けてくれ。